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東京地方裁判所 平成5年(ワ)22696号 判決

原告 神田厚

右訴訟代理人弁護士 香川一雄

被告 株式会社西山荘カントリー倶楽部

右代表者代表取締役 石原利博

右訴訟代理人弁護士 阿部元晴

主文

一  被告は、原告に対し、金三〇〇〇万円及びこれに対する平成五年一一月一九日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、それぞれを原被告の負担とする。

事実及び理由

第一原告の請求

被告は、原告に対し、金六〇〇〇万円及びこれに対する平成二年四月一六日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告が、ゴルフ場経営等を業とする被告との間に締結したゴルフクラブ入会契約をコースオープン遅延等の債務不履行があるとして解除した上、入会金及び預託金の返還並びにこれについての遅延損害金の支払いを求める事案である。

一  争いのない事実

1  原告は、被告との間で、平成二年三月一六日ころ、被告が開設中の左記のゴルフクラブ(以下「本件ゴルフクラブ」という。)について第一次募集に応じて入会契約を締結し(以下「本件入会契約」という。)、被告に対して入会金八〇〇万円及び預託金五二〇〇万円の合計六〇〇〇万円を支払った。

名称 西山荘カントリー倶楽部

所在地 茨城県常陸太田市下大門、上大門地区

募集人員 正会員限定七八〇名(第一次募集人員一五〇名)

募集金額 金六〇〇〇万円(第一次募集分入会金八〇〇万円、預託金五二〇〇万円)

譲渡 オープン後譲渡可

預託金据置期間 一〇年間

コース内容 一八ホール

全長七一七七ヤード(六五三二メートル)

オープン予定年月日 平成三年九月五日

2  原告は、平成五年一一月八日到達の書面をもって、被告に対し、左記二の「原告の主張」欄の債務不履行を理由に本件入会契約を解除する旨の意思表示をなした。

二  争点

本件入会契約につき、被告に左記の債務不履行があったか否か。

1  コースオープンの遅延について

(一) 原告の主張

被告は、造成工事等の費用として多額の資金を集金したが、それでも資金が不足し、ゴルフ場造成工事もクラブハウス建築工事も予定どおり実施せず、予定された平成三年九月五日に本件ゴルフクラブをオープンすることができなかった。被告は、その後平成五年四月二一日、予約受付を一日二〇組に限定して本件ゴルフクラブを仮オープンしたが、いまだに正式オープンはなされていない。

(二) 被告の主張

仮オープンについての主張は認めるが、その余は否認する。

原告が本件入会契約を解除したのは、本件ゴルフクラブが仮オープンし会員が正常にプレーしている時期であって、右解除時には解除の事由は存しない。現在正式オープンしていないのは付属施設であるログハウス(宿泊施設)等ができていないためであって、プレー面では全く支障はなく、平成七年四月には正式オープンする予定である。

またオープンが遅れたのは、資金不足のためではなく、工事自体に時間がかかったためである。

2  ゴルフクラブの内容の変更について

(一) 原告の主張

(1) 被告は、本件ゴルフクラブが最高級の倶楽部であって、ゴルフコース、クラブハウス、サービス及びメンバーの質が日本一であること、募集会員数につき、正会員七八〇名と平日会員三九〇名に限定することを約束したにもかかわらず、平成五年四月二一日のゴルフ場の仮オープンとともに、「日本の倶楽部」会員の名目で、左記の大量の会員募集を開始した。

募集人員 一〇〇〇名

(法人会員四〇〇名、個人会員六〇〇名)

募集金額

法人会員 金一三〇万円(無記名)

個人会員 金五〇万円(他に金五五万円及び金七〇万四五〇〇円のものもある。)

利用料金等 既存の正会員に同じ。

会員資格の期限 入会後二年間

会員権の譲渡 不可

(2) 被告は、同年一一月に右募集会員権を完売したことから、さらに左記の会員募集を行った。

募集人員 平日会員

男性三〇〇名

女性二〇〇名

募集金額 男性金三五万円

女性金二五万円

(3) 右(1)及び(2)の募集(以下「本件短期会員募集」という。)によって入会した大量の会員と原告ら正会員が混合されることにより、原告のクラブライフは著しく侵害された。

(二) 被告の主張

本件ゴルフクラブが最高級の倶楽部であって、ゴルフコース、クラブハウス、サービス及びメンバーの質が日本一であることは認めるが、その余は否認する。

本件短期会員募集は、被告が行ったものではなく、訴外株式会社日本の倶楽部(以下「(株)日本の倶楽部」という。)が、高額の会員権を取得できないゴルフ愛好家においてプレーを楽しめるように被告のゴルフコースを利用させたものであって、右による会員権は、期間も二年間限定となっており、被告の正会員権(本件ゴルフクラブの会員権。以下「本件会員権」という。)とは全くの異質のものである。

3  会員権価格の下落について

(一) 原告の主張

たとえ将来被告が本件ゴルフクラブを正式オープンしたとしても、右の大量会員募集がなされていること、オープンが著しく遅れていること及び被告の経営不安のため、本件会員権価格は著しく下落した。

(二) 被告の主張

否認する。

本件会員権価格が仮に下落しているとすれば、それは現今の経済情勢のためであり、被告の行為によるものではない。

第三争点に対する判断

一  以下の各証拠及び弁論の全趣旨によれば、本件争点及びその背景事情に関し、次の事実が認められる(ただし、6(四)は除く。なお、認定事実の末尾に、認定に供した主な証拠部分等を略記した。)。

1  本件ゴルフクラブは、ゴルフ場経営等を業とする被告が計画し、昭和六二年七月に工事が開始された。被告の当初の計画では、コースは平成二年九月には完成し、クラブハウスは平成元年一一月に建築工事に着工して平成三年五月に完成し、同年九月五日にオープンする予定であった(≪証拠省略≫)。一方、原告は、会社員であって、ゴルフ歴は約三〇年であった(原告本人1項)。

2  被告は、平成二年二月ころ、本件ゴルフクラブにつき、争いのない事実1のとおりの第一次会員募集を行った。

3  原告は、平成二年二月二六日の日本経済新聞夕刊に掲載された本件ゴルフクラブの一面全面広告を見て興味を覚え、被告に電話をしたところ、被告の販売代理店である訴外株式会社ゴルフ企画の担当者を派遣すると言われた。その約二日後、右担当者である黒田美弥子(以下「黒田」という。)が原告のもとを訪れ、パンフレット(≪省略≫)、「西山荘カントリー倶楽部四大特長」と題する書面(≪省略≫)、正社員第一次募集要項(≪省略≫)、「ゴルフVIPレター」と題する書面(≪省略≫)、日本経済新聞(本件ゴルフクラブの広告。≪省略≫)、造成中の本件ゴルフクラブの写真及び本件ゴルフクラブの申込書類一式を原告に渡して、右資料等の説明をした。(≪証拠省略≫、原告本人3項)

その際、黒田は、原告に対し、前記パンフレット(≪省略≫。ここには、1で述べたオープンまでの日程が記載されており、「平成三年九月五日のオープン」が大きな活字でうたわれていた。)を示して工事工程を説明し、工事はほぼできあがっており、平成三年九月五日のオープンは間違いないと述べた。また、黒田は、本件ゴルフクラブの特長として、前記「西山荘カントリー倶楽部四大特長」と題する書面(≪省略≫。ここには、「コースが日本一」「クラブハウスが日本一」「サービスが日本一」「メンバーの質が日本一」として、それぞれについて本件ゴルフクラブがいかに一流であるかについて縷々述べられている。)を示して他のゴルフクラブとは違う一流のゴルフクラブにすると説明した。加えて、黒田は、前記正会員第一次募集要項(≪省略≫。ここには、争いのない事実1記載の内容が記載されている。)及び前記「ゴルフVIPレター」と題する書面(≪省略≫。ここには、「平成二年二月現在で二九三名の正会員を集めているが、同年三月一日より六〇〇〇万円で一五〇名を募集し、その後、同年九月にコース完成記念として八〇〇〇万円で五〇名、平成三年五月にクラブハウス竣工記念として一億円以上、同年九月に開場記念として一億五〇〇〇万円で募集し、オープン時の会員数は五五〇名とし、募集はそれで打ち切り、最終会員数は七八〇名であるが、残り二三〇名は会社資産として保存する方針である。平日会員は既に入会済みの二二七名で打ち切る。」と書かれている。)を示して、正会員第一次募集要項(≪省略≫)にある「正会員/限定七八〇名」についてはごく限られた人だけのゴルフ場にするため七八〇名以上は絶対に増やさないと説明した。(原告本人4から6項)

4  そこで原告は、一旦自宅に帰って入会申込手続をしたところ、平成二年三月一六日ころ、被告から、入会を承認するとの通知とともに、入会金八〇〇万円、預託金五二〇〇万円、合計六〇〇〇万円の請求書が届いた。原告は、同年三月二八日に金二〇〇〇万円を、同年四月一六日に金四〇〇〇万円を銀行振込で被告に支払った。その際、右支払いには、昭和五一年に亡くなった原告の父の相続により取得した土地を売却した代金を充てた。(≪証拠省略≫、原告本人2・6・8・9項)

5  しかしながら、予定の平成三年九月五日には、本件ゴルフクラブはオープンしなかった。(原告本人10項、証人牛木6項)

6(一)  被告は、右のような状態のなかで、平成五年三月ころに、(株)日本の倶楽部をして、左記の会員募集を行わせた(以下(一)から(三)をあわせた場合も「本件短期会員募集」という。≪証拠省略≫、原告本人12項)。

募集人員 一〇〇〇名

募集金額 法人会員(無記名)

金一五〇万九〇〇〇円(入会金二三万円、年会費三万五〇〇〇円×二年分、保証金一二〇万円、消費税九〇〇〇円)

個人会員

金七〇万四五〇〇円(入会金一〇万円、年会費二万五〇〇〇円×二年分、保証金五五万円、消費税四五〇〇円)

利用料金等 既存の正会員に同じ。

会員資格の期限 入会後二年間

会員権の譲渡 不可

(二)  その後平成五年四月ころ、被告は、さらに(株)日本の倶楽部をして、左記の募集金額で他は(一)と同内容の会員募集を行わせた。(≪証拠省略≫、原告本人13項)

募集金額 法人会員(無記名)

金一三〇万円(入会金一三万円、年会費三万五〇〇〇円×二年分、保証金一一〇万円)

個人会員

金五〇万円(入会金なし、年会費二万五〇〇〇円×二年分、保証金四五万円)

(三)  同様に、平成五年八月から九月ころ、被告は、さらに(株)日本の倶楽部をして、左記の募集人員・募集金額で他は(一)と同内容の会員募集を行わせた。(≪証拠省略≫)

募集人員

法人会員・個人会員三〇〇名(最終会員数一〇〇〇名)

募集金額 法人会員(無記名)

金一二〇万円(入会金二三万円、年会費三万五〇〇〇円×二年分、保証金八九万一〇〇〇円、消費税九〇〇〇円)

個人会員

金五五万円(入会金なし、年会費二万五〇〇〇円×二年分、保証金四九万八五〇〇円、消費税一五〇〇円)

(四)  なお、原告は、被告が平成五年一一月に平日会員男性三〇〇名・女性二〇〇名の募集をしたと主張するが、それを示すのは週刊誌にのった短信(≪省略≫)のみであって、被告が否認する以上、右の証拠のみではこれがあったと認めることはできない。

7  本件ゴルフクラブは、5で述べたように、予定の平成三年九月五日には、オープンしなかった。しかし、被告は、コース自体を平成四年五月に完成し、平成五年四月二一日に、一日二〇組に限って仮オープンした。(≪省略≫、原告本人12項、証人牛木6・8項)

8  現在、本件ゴルフクラブでは、土曜日曜には約四〇組、平日には約二〇組がプレイしている(証人牛木64項)。

本件ゴルフクラブは、未だに正式オープンはされておらず、その見込みは立っていないが、コースとクラブハウスは完成し、仮オープンがされており、プレー自体をするという面では正式オープンと変わりはない。(≪証拠省略≫、原告本人12項、証人牛木22項)。

9  現在の本件ゴルフクラブの会員数は、正会員三八三名、平日会員三一〇名、本件大量募集による会員約一〇〇〇名である。(≪証拠省略≫、証人牛木52・53項)

二  コースオープンの遅延について

1  前記認定のとおり、本件ゴルフクラブは、オープン予定から約一年七か月遅れて仮オープンしたが、いまだに正式オープンはなされておらず、その見込みも立っていない。(一7)

2  ここでゴルフ場のオープン遅延が、会員に対する債務不履行にあたるかどうかについて検討する。

(一) 一般に、ゴルフ会員権を取得する者にとって、入会の主たる目的は当該ゴルフ場を会員として利用することにあるから、ゴルフ場のオープン時期は、会員にとって当該ゴルフクラブ会員権を行使するための重要な要素の一つである(通常、ゴルフ場を経営する会社がゴルフ場を開設するにあたっては、オープン時期を募集用パンフレットや新聞等の広告に明示する。)。したがって、ゴルフ場のオープン時期の遅延は、ゴルフ場経営者のゴルフクラブ会員権者に対する債務不履行をもたらす場合がある。

一方で、ゴルフ場の建設には広大な用地と莫大な資金が必要であって、工事に入ってからも不測の事態に遭遇して、工事が大幅に遅れ、予定のオープン時期が遅延することは少なくなく、ゴルフクラブ会員権者もある程度のオープンの遅延は当然予想しているものといえる。したがって、ゴルフ場のオープン時期のわずかな遅延が直ちに債務不履行になるとするのは妥当ではなく、遅延に合理的理由があって、社会通念上相当として是認される程度の場合には、その遅延は許容されるものと解するのが相当である。

(二) 次に、本件ゴルフクラブの場合もそうであるが、通常ゴルフクラブは、そのオープンを契機に会員権の譲渡(名義書換)を認める約定にしていることから、投下資本の回収という観点からも、ゴルフ場のオープン時期は会員権にとっての重要な要素の一つであるということができ、会員権者に投下資本の回収機会を保障するという意味において、入会契約時に明示したオープン時期、又は合理的理由があっても、それから社会通念上相当と認められる範囲の時期にオープンすることは入会契約上の債務の一つであるというべきである。したがって、ゴルフ場のオープン時期の遅延が、ゴルフクラブ経営者のゴルフクラブ会員権者に対する債務不履行にあたるかどうかを考えるに当たっては、(一)の利用の観点に加えて右の譲渡可否の観点からも検討する必要がある。

3  本件についてこれを検討すると、一8に見るように、仮オープンはプレーの面から見れば、正式オープンと変わらないので、利用の観点からは、仮オープンした平成五年四月二一日に本件ゴルフクラブはオープンしたものと解することができ、本件ゴルフクラブのオープン時期の遅延は約一年七か月であると認められ、その長期とまではいえない期間の長さから見て、それだけで直ちに解除原因となるほどの債務不履行であるとまではいえない。しかしながら、仮オープンにとどまる以上、会員権の譲渡ができない状態にあって、かつ、譲渡可能となる時期の見込みも立っていないというのであるから、投下資本の回収という点で、オープン時期の遅延は、会員に不利益である。

4  ところで正式オープンの遅延が生じている理由は、次のように考えられる。すなわち、本件ゴルフクラブの予定正会員販売数は五五〇である(一3)ところ、現実には三八三しか売却できなかった(一9)ことに如実に示されているように、いわゆるバブル経済の崩壊期にあってゴルフクラブ会員権の人気が落ち、原告のように第一次募集価格金六〇〇〇万円で本件会員権を購入した者が一〇〇名程度あり、その後に金一億二〇〇〇万円で購入した者が数名ある程度で、以後は被告が計画した高価格では売却できなかったことが認められる(証人牛木61・70項)。そのため、被告は、ゴルフコース及びクラブハウスを完成して正式オープンしうる外形が整っても、正式オープンすれば本件会員権が譲渡されて比較的低い相場を形成するおそれがあるので、それを避ける趣旨から、仮オープンにとどめていると推認される。本件短期会員募集も、右を前提とした上での当面の運営費捻出手段と推認されるところである。したがって、オープン遅延について被告に責任がないということはできず、むしろこのような事態が生じても、既定の時期にオープンすべき義務について、被告に債務不履行があるといわなければならない。したがって、右の点も考慮すると、本件ゴルフ場のオープンの遅延は、特段の事情がなければ、それだけで債務不履行として解除原因を構成することがあるものと解される。

三  ゴルフクラブの会員数及び性格の変更について

1  前記認定のとおり、被告は、パンフレット等において、本件ゴルフクラブが最高級の倶楽部であって、ゴルフコース、クラブハウス、サービス及びメンバーの質が日本一であること、募集会員数につき、正会員は限定七八〇名とすることを約束したにもかかわらず、平成五年四月二一日にゴルフ場を仮オープンした後間もなく、(株)日本の倶楽部をして、本件短期会員募集を行わせた(一2・3・6)。現在の本件ゴルフクラブの会員数は、正会員三八三名、平日会員三一〇名、本件短期会員募集による会員約一〇〇〇名である(一9)。

被告は、(株)日本の倶楽部は、被告とは別会社であり、本件会員募集は被告が行ったものではないと主張する。しかし、そもそも被告が(株)日本の倶楽部に対して承諾を与えなければ、このようなことはできないはずである。これに加えて、(株)日本の倶楽部の役員は、代表取締役を含めほとんど被告と同じであり、事務所も同じ場所にあって、その事務員は被告取締役牛木和夫の監督下にあること、及び本件短期会員に対する保証金の返還の資金は、被告の本件会員権の販売代金から捻出する予定であることが認められ(≪証拠省略≫、証人牛木38から41・54項)、右事実からすれば、被告が(株)日本の倶楽部をして本件短期会員募集を行わせたことは明らかであるというべきであって、被告の右主張は到底採用することができない。

2  そこで、ゴルフ会員の募集にあたってパンフレット等に記載された会員数よりも多くの会員を募集することが、会員に対する債務不履行に当たるかどうかについて検討する。

(一) 前述のように、ゴルフ会員権を取得する者にとって、入会の主たる目的は当該ゴルフ場を会員として利用することにあるのであり、会員数が多ければ多いほどスタートがとりづらくなるなど利用権の中身は薄くなっていく関係にある。そうである以上、ゴルフ場の会員数が適正な範囲に維持されることは会員にとって当該ゴルフ会員権の重要な要素の一つであり、会員数を適正な範囲に止めることはゴルフ倶楽部の入会契約におけるゴルフ場経営者の債務に当たるというべきである(通常、ゴルフ場会社がゴルフ場を開設するにあたっては、募集会員数を募集用パンフレットや新聞等の広告に明示する。)。しかしながら、一般的には、その時々の経営判断の結果として、当初パンフレット等に記載した会員数を越えて会員を募集することはまま見られることであって、ある程度の会員数の超過は会員も予想しうることであり、そのことがゴルフ場の経営の維持に貢献するという面も否定できないことから、当初予定された会員数をこえる会員の募集が既存会員の利用権を実質的に害していると認められないかぎりは、解除原因となる債務不履行には当たらないと解される。

(二) もっとも、ゴルフ場経営者の負う会員数を適正に維持する債務の内容は、必ずしも右の性質のものに限られるものではない。募集パンフレット等に記載された募集会員数が、「限定会員数」と明示されている場合など、単に利用権の問題に止まらず、当該ゴルフクラブの会員数が希少価値を有し、当該ゴルフクラブの会員であることによって社会的に高い評価が与えられるような場合には、会員数が限定されていることが当該ゴルフクラブの会員にとってその会員権の重要な要素となることがあると解される。このような場合でも、募集パンフレット等に記載された募集会員数を一名でも上回ったら直ちに債務不履行となるとは解されないが、会員数の超過の程度あるいは新たに募集された会員権の規模が、当該ゴルフクラブの会員権の希少価値性を失墜させるような場合には、前記(一)の場合とは異なり、現実にプレー権が害されているか否かを問わず、ゴルフ場経営者の債務不履行となると解すべきである。

3  本件についてこれを検討すると、本件ゴルフクラブは、正会員を限定七八〇名とうたうとともに、豪華なパンフレット(≪省略≫)に見られるように極めて高級なゴルフ場として売り出し、例えば、原告の本件ゴルフ会員権購入のきっかけとなった日本経済新聞に掲載された≪証拠省略≫の広告においては、表題に「豪華さとゆとりを追求したクラブハウス」と掲げ、熊谷組が施工し、伊勢丹が内装・インテリアを設計し、一日の最大入場者数を三二組計一二八人におさえ、クラブハウスのスペースも十分にとり、全面屋根付きの駐車場を完備するなどとして、本件ゴルフクラブの高級感をアピールしており、「日本一のゴルフ場」というのが本件ゴルフクラブの目指す性格であったと認められる(一2・3、証人牛木2から5項)。原告も、そのような宣伝文句があったからこそ、金六〇〇〇万円を出して本件ゴルフクラブに入会したものであることは容易に推認できるところである。

したがって、本件ゴルフクラブにおいては、募集会員数は通常のゴルフ場に比して重要な意味をもつというべきところ、被告は(株)日本の倶楽部に極めて低価格で大量の会員募集をさせ、かかる募集による会員数は、約一〇〇〇名にのぼっている。被告の主張によれば、右会員は二年間の限定会員であり、正会員とは異なるとはいうものの、右会員は正会員と同じ料金でプレーが可能であり、二年間といえども実質的に正会員と同様の待遇を受けることになるのであって(一6)、現時点における正会員は、実質的に見て、既存の正会員三八三名に約一〇〇〇名が加わったに等しく、募集パンフレット等に記載された募集正会員数「限定七八〇名」の希少価値性を相対的に低下させることは否めない。しかも、本件短期会員募集は、個人会員権価格が金五〇万円(なおかつ内金四五万円は保証金で二年後には返還される。)のものがあるなど、極めて低価格でされたものであり、バブル経済の崩壊によってゴルフ会員権の売れ行きが悪くなった状態で行われた募集であることを考慮しても、本件ゴルフクラブに対する印象が日本一の高級クラブというイメージからかけ離れたものとなったことは否定できず、それにより、既存正会員の会員権の社会的な評価を著しく低下させるものであるといわざるを得ない。

4  よって、三によるオープン遅延と被告による本件短期会員募集とが相まって、本件入会契約の債務不履行を構成するものと解するのが相当である。

四  本件入会契約の解除と損害額について

1  ところで、本件入会契約の締結により、原告は、本件ゴルフ場の正式オープン前の払い込み期限(入会承認通知書受領後七日以内。≪証拠省略≫)までに募集金額を払込み、かつ、それにより、オープン後に本件ゴルフ場を被告の定める約款に従って利用することができ、払込み後一〇年経過後には応募価格金六〇〇〇万円中の金五二〇〇万円の預託金の返還を受けることができ、またオープン後においては本件会員権を譲渡することができることとされた。

原告のような応募者が本件ゴルフ場のオープン前に多額の募集金額を払い込むのは、本件会員権が他のゴルフ場における会員権と同様に数に限りがあり、その結果として、高額の財産的価値を有するので、それを先に取得しようとするからに他ならない。他方被告のようにゴルフ場を開設する事業者の側からみても、ゴルフ場を開設するために莫大な費用を要するところ、これを全部自己資金で賄うことが困難であるために、会員になろうとする者から募集価格を払い込んで貰い、これを所定の据置期間中(本件では一〇年間)ゴルフ場の開設費用等に使用し、右期間経過後にその内の預託金部分を無利息で払込会員(途中で会員権の譲渡があった場合には、譲受人)に返還すればよいとの約定を成立させるものである。被告のような事業者にとっては、右応募者の払込による入金はゴルフ場を開設するための不可欠の要素であり、かつ開設準備中の早い時期であればある程その必要性が高い。第一次募集のような早い段階の募集金額が第二次募集のような相対的に遅い段階の募集金額に比べて安くなるのは、具体的なオープンに向けての期待価値に違いがあることのほか、右のような必要性の違いのためということができる。また、事業者にとっては、払込金額を据置期間中払い戻すことを禁じる必要があり、特段の事情がない限り、ゴルフクラブの会員となった者は入会契約を解除することができなくなるとの約定効果が生じると解される。

2  そして、ゴルフ場がオープンした後の事業者と会員との関係は、ゴルフ場の利用を中心とし、これに将来における預託金の返還、会員権の譲渡時の利用者たる会員の交替といった関係を含む継続的な法律関係ということができる。また、ゴルフ場の正式オープン前に入会契約を締結するのも、オープン後の右のような関係の成立を早期に低廉に目指しているものであるから、オープン前の事業者と応募者との関係は、オープン前後の状況を一体としてみて、これを入会契約当初からの継続的な法律関係と捉えるのが適当である。とりわけ、オープンが遅れた場合にはこのような捉え方がなお一層当てはまるというべきである。オープン前の入会契約とオープン以後とを切り離してその間のつながりを遮断する考えは、実体とかけ離れた議論であって適当ではない。そして、このような会員としての地位にあることが会員権として財産的価値をもたらし、しかもその点はゴルフ場のオープン前でもオープン後と同じであり、かつ会員権価格は時々において変動する性質のものということができる。

3  ところで、前示のとおり本件では、オープンが遅れて原告が本件会員権を譲渡することができない状態となっており、かつそのことが本件短期会員の募集と相まって債務不履行と評価されるのである。そして、被告が解除の意思表示をしたのは、被告が当初対外的に約束したオープン予定の平成三年九月より二年以上の期間が経過した後のことであるところ、右解除時においても、解除原因として債務不履行があると評価することができる。

なお、本件においては、本件ゴルフ場のオープン予定期日を相当期間経過した現時点においても正式オープンの見込みは立っておらず、催告をしても早急に被告の履行遅滞を解消しうる可能性はないものと認められるので、催告を経ずになされた右契約解除の意思表示は有効であると解される。

4  そうすると、本件は、継続的な法律関係成立後で被告が募集要項において約束したオープン予定日から二年以上経過した平成五年一一月ころには右関係に解除事由が発生していたところ、原告によりそのころ解除権が行使された場合ということができ、右の解除には遡及効がなく、将来に向かってその効力が生じると解するのが相当である。

そして、この場合に過失のある当事者は損害賠償義務を負うことになる。ゴルフ場の会員権価格は低下することもあり得るところ、被告はその場合にも会員に購入資金回収の手段を用意する必要性があると解されるから、被告が当初予定した日から二年を経過した後ころになってもゴルフ場を正式オープンすることができなかったのは、他に特段の遅延理由がない限り、被告の責任を生じさせるというべきである。被告は、本件会員権価格について低い相場が立つことを阻止する目的に出たとはいえ、本件ゴルフ場を正式オープンしないで、本件会員権の譲渡を認めず、かえって本件短期会員募集もしているのであり、特段の遅延事由があったとはいえないから、右は解除原因となる債務不履行に該当するとともに、被告に損害賠償責任を生じさせるものといわなければならない。

5  原告は、解除により将来に向かって本件会員権の財産的価値を失うことになるから、右の場合の損害額は、右の解除時における本件会員権の財産的価値相当額ということができる。本件会員権については、本件ゴルフ場のオープン前で相場が形成されていないので、判断しにくいが、バブル経済崩壊後の本件を含むゴルフ場会員権価格の一般的な低下に鑑み、右時点の価格は、募集価格の半値の金三〇〇〇万円と考える。

なお、本件会員権の右時点の価値は本件短期会員の存在によりそれだけ減少していると考えられるところ、それは被告の責に帰すべきものであるから、この減少分は被告に負担させるべきである。したがって、右減少分を回復させた上での右時点の本件会員権価値を金三〇〇〇万円と考えたものである。また、本件会員権が本件ゴルフ場のオープン前の時点においても価格を有することに鑑み、右の損害の算定に当たり、応募払込価格を損害額ということは相当でなく、原告の請求全部を認容することはできない。

そして原告は、損害賠償の支払いを平成五年一一月一八日までに行うように催告していることが認められる。

(≪証拠省略≫)

五  結論

以上のとおりであるから、原告の請求は、損害賠償金三〇〇〇万円に催告支払期限の翌日から年六分の遅延損害金を求める限度で理由がある。なお、仮執行宣言は相当でないので付さないことにする。

(裁判長裁判官 岡光民雄 裁判官 松本清隆 平出喜一)

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